ピエモンテワインと白トリュフの旅紀行文
 
10月15日
 今日はあこがれのピエモンテワインと幻の白トリュフに出会う日。毎年9月の終わりから11月の始めにかけて、イタリアはピエモンテ州のアルバで白トリュフ祭りが行われる。茸の王様と言われるトリュフには、外皮が黒い黒トリュフと外皮が白い白トリュフがある。白トリュフの方が風味に優れ珍重されているが、何せ白トリュフは世界中でこのアルバ地方しかとれないとあって、白トリュフの時期となるとアルバはお祭り騒ぎだ。世界中から白トリュフを目当てに人が集まる。

 またアルバはワインでもその名を馳せている。ピエモンテ州はイタリアの上質なワインを生産する有名な州で、トスカーナ州と並んでいつも注目されている。その中でもアルバ周辺は、アルバ、アスティ、モンフェラート、ちょっと離れてアックイと名産地が目白押しだ。そして何といっても、イタリアワインの最高峰の一つ、バローロ、バルバレスコがアルバ周辺で生産されている。

 時期も時期だし、この時ティチーノに来ていたので、ティチーノのスイス国境からアルバまでの距離は160キロ程、そんなに遠くはない。ワイン好きの私には、さぁ早く行け!と言っているようなもの、行かねばなるまい。

 14日にティチーノ州ルガーノで仕事を行い、その晩はロカルノに住む義姉夫婦宅に泊めてもらっていた。そして急遽インターネットでアルバの宿を探すが、なかなか見つからなかった。アルバより結構離れたラ・モッラ村の民宿(BBとこちらでは呼ばれている)をやっと見つけて予約が出来た。それもそのはず、この時期のアルバのホテルはもう1ヶ月以上も前に予約で満杯になるとの事。読みが甘かった。

 早朝出発。ロカルノからアルバへと向かう。ロカルノからは約200キロの行程。いい天気だ。素晴らしい。まずは高速でメンドリージオまで南下し、そこから州道を西に走ってイタリアに抜けた。近道っぽかったので、そのルートを選んだのだがとってもわかり難く、失敗だった。しかも国境のゲートでヴィザを見せろとか言われてすったもんだした。そんなもの持っていない。中国と日本を間違ったに違いない。思わぬ時間を食ってしまった。やはりキアッソからコモに入るメジャーなルートを取るべきだった。

 ヴァレーゼという小さな町からイタリアの高速に入り、少し南下した後、A26号線に入った。A26号線は少しばかり西に走った後にひたすら南下しやがて地中海にぶち当たり、ジェノヴァに至る。ああ、久しぶりに地中海を見てみたい。でも暇がない。

 なにげに地図を見たら、日本でも名の知れたワイン、ガッティナーラ、ゲンメなどを生む地域が、この高速道路沿いにあるではないか。というか国境から5〜60キロの距離だ。ああ、寄ってみたい。でも今回は時間がない。涙を呑んで通過する。

 アレッサンドリアという町から今度はA21号線を西に向かい、アスティを目指す。ここら辺がモンフェラートという地区になる。また、そのままA26号線を南下したら、白ワインで有名なガヴィの産地に行ける。もう、バリバリのワイン地域に入っているのだ。しかし、この辺りから急に霧が立ち込みだした。

 アスティからは国道となり、30キロ程でアルバに到着する。アルバに到着する手前にバルバレスコの産地がある。国道はタナロ川に沿ってあるが、この川の両岸はかなり平坦で、ブドウ畑らしきものはない。ブドウ畑は川よりちょっと離れた丘陵地帯に広がっている。ここら辺はアスティ・スプマンテという甘口の発泡酒の故郷だ。

 バルバレスコ村は、緩やかに波打つ丘陵地帯のまっただ中にある。集落はその一つの丘の上にあって、古い家並みを残している。バルバレスコ村に到着したのは昼時前だったが、既に村のレストランにはお客がたむろしていた。ついに来た、銘醸ワイン、バルバレスコの故郷。感無量だった。霧は少し薄らぎ出したので一安心だが、完全には晴れなかった。ちょっと残念。

 バルバレスコからアルバに向かった。今日のお目当ては何といっても白トリュフ。アルバの白トリュフ祭りを見なければお話にならない。バルバレスコ村を過ぎて、少し稜線を上り下りすると、道はアルバに向けて一気に駈け降りる。アルバは大きな町だった。しかし歴史を感じさせる、雰囲気のいい町だった。イタリアの町というと、スリにジプシーを思い浮かべてしまうけれど、そういう危なさを感じさせる様な町ではなかった。

 アルバの中心街には車を止めるスペースはないけれど、その周りには無料駐車場が整備されていて便利だ。ここからトリュフ祭り会場へ徒歩で向かった。町の人に場所を尋ねながら会場を目指したのだが、みんな親切に教えてくれた。といっても、通りの名前はわからないし、目指すべく方角くらいしか見当はつかないのだが。

 幸いにして会場は苦もなく見つけることが出来た。町の中心にあって、わかりやすかった。早速会場に入った。入場無料だ。会場には色々なブースがあって、トリュフ入りペーストやチーズ、ソーセージなどの試食が出来る。ペーストとは言え、ただでトリュフが食べられるのだから素晴らしい。しかしワインの方は、別会場となっていた。

 流石に白トリュフそのまんまの試食はなかった。白トリュフを売るブースが沢山並んでいて、近づくと臭いをかがせてくれる。しかしその値段たるや・・・だ。10グラム程の白トリュフ、こんなのは親指の爪程の大きさしかないのだが、約20ユーロだ。日本円にしたら2800円くらいだろうか。

 値段の高さは松茸の比ではない。松茸だって2800円も出せば、天然物の風格のあるやつが1本買えるだろう。白トリュフだと、親指の爪だ。立派そうな白トリュフには200ユーロ、300ユーロといった値段が惜しげもなく付けられている。私にはそんなもん買えない・・・。泣

 それでも折角来たのだからと、親指の爪よりちょっと大きめの白トリュフを買ってみた。これは家に帰って、アルバ風のバターをからめたパスタの上に薄切りにして、見かけ上たっぷりとかけて、家族みんなで頂いた。が、子供たちの白トリュフの反応は無きに等しかった。彼らにはミートソースの方がご馳走だ。

 ワインの試飲会場は別の所に開設されていた。5種類のワインがいくばくかの入場料で楽しめるという趣向だった。別の会場までは無料送迎バスがあった。当然これは行くしかない。入場券を買い、送迎バスを待った。結構沢山の一が待っていた。みんなワインが飲みたいのだ。

 会場には十数社の業者がブースを出しており、ブース毎にその製品を試飲させてくれる様になっていた。入場している人達は相当量注がれたワインを5杯飲めて満足な様子だった。私は車の運転があるので、ほんの一すすりしか出来ない。吐き出す容器もないので、本当に少量しか口に含むことが出来なかった。ちょっとだけしか試飲ワインを要求しないので、無料で何種類か試飲させてくれるブースもあった。一すすりとはいえ、10種類も試飲すると、10すすりとなる。もしかしたらあわせてワイン2杯分くらいはすすったかも知れない。

 印象に残っているのは、Bussi Mauro, Treiso ブッシ・マウロ(コムーネ:トレイゾ)のバルベーラ・ダルバ、これは適度に樽熟成されていて、風味が一段と増している。値段も手頃で、気軽に飲むには最高のワインだ。次がMarrone, La Morra マッローネ(ラ・モッラ)のネッビオーロ・ダルバ、バローロ。このクラスは値段も張って来るが、当然質も上がる。やはりネッビオーロから作られるワインは力強い。それが作り手によって、偉大なまでのワインに仕上がって来るのを口にすると、感動すら覚える。しかし、販売されていたバローロは2000年のもので、まだまだ若いという印象だった。やはり10年は熟成していないと、バローロの本領は発揮出来ないだろう。もっとも、人気のバローロで10年以上の熟成ものを探し出すのも困難だろうけど。

 Rocche Costamagna, La Morra ロッケ・コスタマーニャ(ラ・モッラ)も素晴らしかった。しかし、マッローネに比べてちょっと硬い感じがした。今飲むならマッローネだということで、マッローネのネッビオーロ・ダルバとブッシ・マウロのバルベーラ・ダルバをお土産に買って帰った。それにしても、ラ・モッラという地区は素晴らしいワインを産出する地区だ。知らなかった。後で調べてみたら、バローロを名乗れるコムーネ(行政区)の一つで、円やかで香りの高いワインが出来るトルトナ地区にあるとの事だった。なる程だ。

 因みにバローロの地区は二つに分かれていて、トルトナ地区ともう一つがヘルベチア地区と言うらしい。ヘルベチア地区はしっかりして厳しいワインになるという。実はスイスの正式名称はコンフェディラチオ・ヘルベティカという。ヘルベチアなのだ。このワインはスイス人が喜びそうだ。しかもしっかりして厳しいなんて、まるでスイスの性格が出ている様。

 このワイン会場で、アルバ名物のパスタ10ユーロに26ユーロ払うと、白トリュフがのせられる様になっていた(値段はうろ覚え)。見本写真ではしこたまトリュフがパスタの上に乗っている。これは食べるしかない。早速注文する。乗ってきた、乗ってきた、白トリュフ。大きめのスライスがどばどばっと乗ってきた。これは10グラムくらいはあるだろう。20ユーロくらいは原価になっていそうだ。うれしい。

 肝心の味だが。確かに白トリュフの香りは素晴らしい。茸の香りの本随を行くというか、まったりとしていて、木の香りの様なものも持ち合わせている。味もあって、うま味みたいなものが感じられる。しかし、所詮は茸、あっさりしている。料理の下地に力強さがないと、この茸の味も引き立たない、そんな感じがした。正直、食感だったら松茸の方が勝っている。また、イタリアでは高級なポルチーニ茸があるが、ポルチーニの方が断然茸といった食感がある。因みに、ポルチーニ茸はドイツ語でシュタイン・シュピルツ(石茸)と呼ばれている。

 トリュフはぼそぼそしている。だから、食べるとき薄くスライスする。因みに自分で買ったトリュフを厚めにスライスして食べてみたが、ぼそぼそ感が引き立つだけで、あまり宜しくなかった。トリュフのスライスは薄い方がいい。トリュフ専用のスライサーが売られていた。みんなそのスライサーで薄くスライスしていた。

 白トリュフとワインを堪能し、すっかり満足した私は、少しアルバ市内を散歩した。体からアルコール分を抜かないと車にも乗れない。すると市内中央の広場で、夜のお祭りの準備が始まっていた。なかなか楽しそうな感じだったが、アルバで泊まれない私は涙を呑んで、そこを離れた。次の目的地はバローロ村だ。

 バローロ村も波打つ丘陵地帯の丘の上にある。ブドウ畑に囲まれた村の眺望は大変美しい。村には古い城もあって、歴史を感じさせる。イタリアワインの王様と言われるバローロ。ジュリアス・シーザーが気に入って大量にローマに持ち帰ったなどの逸話がある。既にローマ時代からその名声が轟いていたのだ。

 バローロ村を出て、丘陵地帯を少し走ると隣村のラ・モッラに出る。この村が見えたとき、私は息を呑んだ。あまりにも美しすぎる。中世から時間が止まっているかのように思える程、古い佇まいが完璧に残っている。こんな村で泊まれるなんて、最高の贅沢をするようなものだ。さらに、ここはバローロの素晴らしいワインを生み出す村でもあるのだ。

 ここの民宿を予約するときには、そんな事を夢にも思っていなかった。なんという幸運だろう。残念ながらラ・モッラに着いたときはもう遅くて、村の造り酒屋を巡ることは出来なかった。しかし、ここはもう一度来てみたい所だ。必ず再び。

 ラ・モッラのレストランで夕食を取った。週末なのに1軒しか開いていなかった。ラ・モッラは観光と無縁の村のようだ。ここでも追加料金でパスタの上に白トリュフを乗せてくれた。そこでもう一度、白トリュフにありつく。普段絶対にお目にかかれない代物だ。遠慮は禁物。

 本日のお客は私と初老のご夫婦のみ。いや、早い時間にお客がいたかも知れない。レストランに入ったのは8時を過ぎていたから。ところが、なんとこのご夫婦はスイス人で、チューリッヒから来ているとの事だった。私がベルンに住んでいると言ったら意気投合、彼らが注文したバローロのご相伴まで預かってしまった。

 ウエイトレスの若い女性はカンパーニャから来ていると話していた。イタリア南部だ。彼女は、ここの方が活気があって楽しいという。ラ・モッラの村は私の目に、中世の時代から時計の針が止まった様な村なのだが、彼女には活気があるのだそうだ。カンパーニャ、どんな所なんだろうか。かなり好奇心が沸いてきた。

 幻の白トリュフ、美味しいワイン、そして楽しい会話があって、私はラ・モッラの夜をすっかり満喫出来た。ほろ酔い加減で坂の多い集落を歩く。街灯が、石造りの家々をオレンジ色に染めていた。それがとっても雰囲気があって美しかった。夜の村は静かだった。平和だった。充実した気持ちで眠りにつけた。

 翌日はひたすら車を飛ばして、ベルンに戻る旅だった。たった1泊2日の急ぎ足だったが、忘れられない印象を与えてくれるピエモンテへの旅だった。