紀行文

 6月6日、この日はまず、ライン川の古城を巡り、あのローレライを拝み、モーゼル川と対面するためにコブレンツまで行き、そしてライン川の南岸に回ってラインヘッセン地域に入り、ラインヘッセンのブドウ畑を巡る予定を立てた。

 今回はこの古城が続くライン川の名所を車で走る事になったけれど、いずれ川下りをしてみたい。マインツからコブレンツまで、川沿いの町に止まりながらおよそ5時間の船旅だ。しかし、本格的に古城が続くのはリューデスハイムからなので、リューデスハイム、あるいはその対岸のビンゲンから下ってもいいかも知れない。そうすれば、リューデスハイムの町などで、ワイン三昧も出来る。ビンゲンもラインヘッセン地区の有名な産地だ。

 アスマンハウゼンを出ると、ミッテルラインのワイン地区に入る。このミッテルライン地区で最大のブドウ畑を擁するのがカウプという町。アスマンハウゼンから車で10分ほど。この町には、ライン川の真ん中に浮かぶ島に建てられた船みたいな城がある。プファルツ城といい、昔ここを通る船から通行税を取り立てるために作られたそうだ。楽しみにしていたのだが、改修中で見るも無惨な状態だった。がっかり。

 ここを過ぎると、いよいよローレライである。ここら辺が、ライン川の中の一番の急所で、両岸に山が迫っている。川も左右に蛇行を繰り返し、船乗りが最も緊張する場所だ。ローレライと名の付けられた大きな岩山は、高さが130メートルほどにのぼる。これがライン川を押し出すように突き出ている。左右の蛇行も激しくなり、水流も大変複雑になっている。また、水面下に岩が突き出ていたりで、以前はとても事故の多い場所だったそうだ。川幅も狭くなっている。こういう急所だから、ローレライの様な伝説が生まれたのだろう。現在はだいぶ改修工事をやったらしく、大型船も問題なく通れるそうだ。また、この地区では船用の信号があって、衝突事故を防ぐようになっている。パトロール船も往復していた。

 ただ、このローレライ、ライン川の北岸沿いの道を走っていると、ローレライの真下を通るため、全容がわからない。単なる崖が現れるだけで、全然拍子抜けしてしまう。このローレライは、反対側、すなわちライン川の南岸から見るに限る。あるいは船に乗ってライン川から見るのがいいだろう。

 ローレライの伝説というのは、昔すごく美しい乙女がいて、この乙女が不実な恋人に失望して、この岩山から身を投げたんだそうな。そして妖精に身を変えて、美しい歌声を響かせながら、ここを通る船乗りを惑わし、ついには沈めさせてしまうという。大変恐ろしい復讐劇だ。不実の恋人のために殺された船乗りはたまったもんじゃない。これじゃ、妖怪鬼婆伝説も真っ青である。残念ながら、ローレライの美しい歌声は聞こえてこなかった。因みに、この岩に向かって叫ぶと、木霊が帰ってくるそうで、昔の船乗りはその木霊を楽しんだそうだ。この急所で、そんな余裕があったのだろうか?

 ローレライを過ぎるとすぐにザンクト・ゴアルスハウゼンの町に着く。ここの丘には猫城という面白い名前の城があり、その近くにはねずみ城というのがある。中世版トムとジェリーか? また、この町にはローレライ博物館があるのだが、ドイツ語がまだまだの私には猫に小判ということで、パスした。町はずれの丘に登ると、猫城を見下ろし、遠くにローレライが見える。これは素晴らしかった。

 ここから少し走ると、ライン河畔で唯一破壊されたことのない、完全無欠のマルクスブルグ城が見えてくる。かなり美しい城で、ここから見下ろすライン川の風景も素晴らしい。場内は博物館になっているのだそうだが、博物館は上記の理由でパス。

 マルクスブルグ城のあるブラウバッハ(茶色の小川という意味になる、因みにバッハは日本語で小川さん)から少し走るといよいよコブレンツだ。今回コブレンツ市内の見学はパスした。お目当ては、ライン川とモーゼル川の合流地点の眺望だ。私はこれさえ見られればいい。モーゼル川はライン川に続くワインの銘醸産地。しかも、その支流にはザール川、ルーヴァー川があって、ここも良質のワインが生産されている。ワイン産地としてはこの一帯をモーゼル・ザール・ルーヴァーと呼ぶことも多い。

 今回はモーゼルまで足を伸ばせなかったけれど、せめてラインとの合流地点を見て、遠くモーゼルのワイン畑を想像したかった。この眺望に最適なのが、エーレンブライトシュタイン城塞という所。ライン川を挟んでコブレンツ市街の斜め向かいに位置していて、対岸の小高い丘に築かれている。ここの眺望はコブレンツ市街をも一望に出来て大変素晴らしい。

 ライン川とモーゼル川の合流地点も素晴らしかった。ライン川はスイスと南ドイツの水を集め続けた、悠々たる大河だ。一方モーゼル川はアルザスが位置するフランス、ボージュ山脈の西峰を源流としている。そしてフランスから発するワイン産地の水を集め続け、ラインに合流するのだ。ここはまさにワインの交差点だ。大河ラインはこの時期少し茶色に濁っていたけれど、モーゼルからの水はあまり濁りがなくて、緑色っぽかった。なんというか、体が大きくなると濁りやすい、世の常、諸行無常を感じた。

 合流してもしばらくは交わることなく、ラインの水、モーゼルの水を見分けることが出来る。しかし、モーゼルを従えたライン川はゆったりと左にうねり、この時点で全てを飲み込んでしまった。そこから先は、まるで何事もなかったようにライン川が続いていた。あっけにとられ、呆然とその自然の厳かさに圧倒されるばかりだった。やがてライン川も大海原に何事もなかったように飲み込まれて行く。

 ミッテルラインのワイン産地は、この先ライン川沿いに北上し、旧西ドイツの首都ボンの南まで続く。私はコブレンツでライン川西岸に渡り、今来たライン川の対岸沿いを戻る事にした。暫く車を走らせると、再びマルクスブルグ城が見えてくる。対岸から見るマルクスブルグ城は大変美しく、ここでサンドイッチの昼食を取る。ライン川の古城は、やはりライン川を挟んで見るのが一番いい。

 そして、対岸側からローレライに再会した。ここからだとローレライの大岩が一望に出来る。また、ここから見るザンクト・ゴアルスハウゼンの町や猫城も美しかった。川沿いで美しい風景であるためか、ここにはオートキャンプ場があって、沢山のキャンピングカーが集まっていた。ローレライの歌声を聞きながらキャンプも乙なものだろう。

 次の町はビンゲン、丁度昨日訪れたリューデスハイムの対岸。川向こうにラインガウのブドウ畑が広がっている。ここはラインヘッセン地域の始まる町で、ワインに定評のある場所。ナーエ川がライン川に合流する地点でもあり、ブドウ栽培に適した南向き斜面が広がっている。ビンゲンからはラインヘッセンのブドウ畑巡りだ。