ワインについての補足説明

 ドイツはワイン生産地の北限に位置する。ドイツの主なワイン産地はライン川流域に広がっており、他にライン川の支流である、ナーエ川、モーゼル川、ザール川、ルーヴァー川、マイン川流域に広がっている。

 スイス国境に接した、バーデン地域を除いて、ドイツのワイン産地はフランスのワイン産地の北限をはるか越えた位置にあって、気候も亜寒帯に属する。よって、ドイツのワイン産地はライン川を中心とする、河川沿いに集中し、この様な河川の反射熱を利用してブドウが栽培されている。これらの地域は、この反射熱によって、日照時間の割には平均気温が高い。

 しかしながら、ブドウの熟成には紫外線量が密接に関わっていることが知られており、亜寒帯に属するドイツのワイン産地では、どうしても熟成が遅くなる。それに加えて、日照量の不足から、どうしても柔らかで酸味の多いブドウとなってしまう。これを救うのが、河川の照り返しで、気温が高くなるため、ブドウの木自身が枯れず、長時間の熟成を可能とさせている。ドイツのブドウ収穫時期は、他の地域に比べておよそ1ヶ月遅い。この長時間の熟成によって、糖分が増しふくよかなワインが育つ。また、この熟成によって、糖分と酸味がほどよく混合し、絶妙で円やかなバランスを生み出している。

 ご存じだとは思うが、ワインはブドウ果汁から造られる。その果汁に酵母菌が付き(発酵室の空気中にいるか、人為的に添加される)、酵母菌が果汁に含まれる糖分を炭酸ガスとアルコールに分解する。この様にして造られるため、ワイン用の葡萄果汁には十分な糖度が必要となる。

 ライン川はスイスアルプスを源流としている。また、スイスのおよそ7割の河川がライン川に注がれ、国境を越えてドイツに向かう。ライン川がスイスを出る頃には既に大河の体を成しているのだ。これはドイツ国境に接するバーゼルでライン川を眺めても一目瞭然だ。また、ライン川は世界最大のワイン生産河川で、その南端はライン川源流のスイス・グラウビュンデン州まで遡り、また北端はまさに世界のワイン産地北限のミッテルラインに至る。

 フランスのアルザスもこのライン川の西岸にあたっている。ライン川西岸に広がるヴォージュ山脈の東斜面がアルザスワイン地域である。アルザスはシャンパーニュと並んでフランスワインの北限に位置している。AOCを外れる地域に至っては、アルザス北部がまさにフランスワインの北限となっている。そしてアルザス北部の国境を接して、ドイツに至りここからドイツ最大のワイン生産地ラインファルツが広がり、ラインヘッセンへとつながっている。アルザスはフランスワイン文化圏というより、ラインワイン文化圏に属していると言ってもいいだろう。

 AOCとは日本語で「原産地統制呼称」といい、ワインの品質を規制するフランスの法律で、産地名をラベルに名乗る条件などを厳しく制限している。この法律が先駆けとなって、世界各国が自分たちのワインの質を向上させるために、同様な制度を取り入れている。ドイツにもワインの品質を守る法律があるが、ドイツではあまり産地には厳しくなく、葡萄品種や葡萄に含まれる糖度や酸度に対して厳しい監視がされる様になっている。

 ライン川はラインヘッセン地域北部のマインツ川と合流する辺りからそれまで北上していた進路を急に西に変える。そしてその西に流れ始めたライン川の北岸に、ドイツワインの最高峰、ラインガウ地域が広がっている。因みにラインガウ地域には三大ワイン醸造所があって、名声が高い。クロスター・エーべルバッハ、シュロス・フォルラド、シュロス・ヨハニスベルグだ。ラインガウを訪れたなら、この3カ所は回らなければならない。

 そしてライン川は約50キロほど西に進んだ後に、再び北上を始める。この北上を始める地域から北に延びるワイン産地がミッテルラインだ。ミッテルラインという名前はライン中流域を意味しているのだが、これより北にはブドウ産地がない。ライン川自体はさらに北上し、オランダを経由して北海に注がれる。

 しかしローマ全盛時代には、ローマ人がブドウを植樹し、北海に通じる所までブドウ畑が広がっていたのだそうだ。その後ビールを好むゲルマン民族の大移動があったりして、ブドウ畑が破壊され、現在に至っては、ドイツ北部地域はビールの牙城である。

 それでも、例えばケルト族を代表とするようなヨーロッパ土着民族はワインを好んで飲んでいて、ゲルマンとの摩擦を産んだ。それの懐柔のためか、歴代のゲルマン王はライン川流域のブドウ栽培を奨励したし、汎ヨーロッパ帝国を実現したカール大帝に至っては、カトリック修道院に土地を寄進するなどして、ブドウ栽培、ひいてはワイン生産を奨励した。現在の世界的ワイン銘醸地であるブルゴーニュやラインはこうやって形成されたのであって、ワイン生産に当たっては今なお修道院の影響力がある。

 例えばブルゴーニュではオテル・デュー(慈善病院)の所有するオスピス・ド・ボーヌが絶大なる評価を得ているし、ラインではドイツ一と言われる醸造所を持つクロスター・エーベルバッハ修道院が、このブルゴーニュ修道院の流れを汲んでいる。

 どんどん話しがそれるかも知れないが、キリスト教において、ワインはキリストの血であって、大変大切なものなのだ。これなくしてカトリックのミサも行えない程である。だから、キリスト教の修道僧はどんな苦難にも耐えてワイン作りに励む。その苦行はむしろ神への奉仕であって、ぶどう栽培こそ彼らの聖なる奉職なのだ。実際、ブドウ栽培は河川の周辺に広がる丘陵地帯の斜面が適していて、その開墾は苦行に満ちている。しかも、開墾してすぐに収穫出来るわけではなく、最低5年はかかるし、良いワインを産むにはさらに10年以上待たなければならない。こんな所行は修道僧以外に出来るものではないだろう。

 この恩恵はスイスも預かっている。13世紀頃、これら修道僧が先導してスイスの主流ワイン地域であるヴォー、ヴァリスの極めて厳しい傾斜地のブドウ畑を開墾した。それ以前にもワインがあったけれど、大々的なワインの普及は彼らの手によるものだ。

 ラインワインは上述した気候的特徴に最も適するリースリングという高級ブドウ品種が欠かせない。リースリングから出来るワインはマスカットやミントを彷彿させる優雅な芳香に富んでいる。そして酸味に富んでいるため、味のバランスを取るため甘口に仕上げられる。その糖分を得るため、長く長くブドウの木につけたまま熟成させる。これにより、絶妙なバランスと芳醇な酒肉が加わるのだ。

 高級ドイツワインの基準は、このブドウの持つ糖度によって分けられている。称号付き高級ワインと訳されているQmPドイツ高級ワインは、さらに5つに等級分けされている。一定基準以上の糖度を持ち、補糖の必要のない等級がカビネット(中核という意味)と言われ、それ以上に遅摘みをして糖度を高めたものをシュペトレーゼという。シュペトレーゼはドイツ語で遅摘みを意味している。その遅摘みの中で房を選って糖度を高めたものをアウスレーゼという。アウスレーゼとはドイツ語で特級品という意味だ。

 さらに、極限まで熟成させたものをベーレン・アウスレーゼという。ドイツ語で粒より特級品を意味する。このベーレン・アウスレーゼに貴腐菌が付き、ブドウがレーズン状になったものから作られるのが、ドイツワインの最高峰、トロッケン・ベーレン・アウスレーゼだ。ドイツ語で乾いた粒よりの特級品という意味だ。この他、貴腐菌をつけず、霜が降りるまで収穫を待ち、凍った状態のブドウを収穫して、水分をことごとく取り除き、ブドウのエッセンスだけで作るワインがイース・ヴァイン、英語でアイス・ワインである。日本語で氷果ワインといわれている。

 なお、補糖という耳慣れない言葉を使ったけれど、これは気候的に糖度が上がらないドイツワイン産地で一般に行われる作業で、絞ったブドウ果汁に砂糖を加える作業だ。これによって、高いアルコール度数を得ることが出来、ワインに力を加える事が出来る。

 因みに糖度で言うと、カビネットは1リットル中のブドウ液に対して73グラム以上の糖度を必要としている。シュペトレーゼは85グラム以上、アウスレーゼは90グラム以上。ベーレン・アウスレーゼは120グラム以上、トロッケン・ベーレン・アウスレーゼに至っては150グラム以上となっている。価格においては、アウスレーゼまで徐々に高くなって行くのに対して、ベーレン・アウスレーゼ以上は2倍3倍の値段と破格的に高くなっている。

 この等級とは別に、ワインの甘さを基準にして、ミルド(甘口)、ハルプ・トロッケン(中辛口)、トロッケン(辛口)という区別がある。昔はワインと食事を合わせるといった事がなく、それ故ワインはワイン単体だけの味で楽しまれていた。そこで、甘みと酸味のバランスの取れた、穏やかなミルドワインが好まれたのだが、お隣、グルメのフランス地域の影響を徐々に受け、ドイツワインも食事に合わせることを念頭に置くようになった。そして中辛口、辛口ワインが作られるようになった。

 私の飲んだ経験によると、辛口・リースリングはあまりにも酸味に偏りすぎている気がする。それに比べて中辛口は、バランス良く食事との相性もいい。程よい甘みはワインにコクを加え、さらにリースリングの持つ豊富な酸が、食べ物を洗い流し、リフレッシュしてくれる。