紀行文

8月1日(水)
 この日はスイスの建国記念日。おめでとうスイス、と祝福しつつフランスへ旅立った。今回のワイナリー巡りは、コート・デュ・ローヌ、ラングドック、プロヴァンスを狙う。大変広範囲なので、かいつまんで見ることしか出来ないかも知れない。それとプロヴァンスといえばワイナリー以外に見るべきものも多い。これも織り交ぜるとなると大変忙しい旅行になりそうだ。

 去年のブルゴーニュ巡りと同じく、ワイン好きの神保君が同行した。彼とベルン駅で待ち合わせし、一路車でフランスへと向かう。今日の予定はコート・デュ・ローヌ北部のワイナリー巡り。

 まずはベルンから高速でひたすら西へ走る。ローザンヌを過ぎるとレマン湖と湖岸に広がるラ・コートのワイン地区が始まる。ローヌ川流域のブドウ畑だ。ローヌ川流域のブドウ畑は、源流に位置するヴァリス州から始まり、ジュネーブを抜けてフランスに入る。そしてフランスのリヨンから南にローヌ川流域の中心的ワイン地区、コート・デュ・ローヌが横たわる。

 ジュネーブで給油した後、フランスに入った。国境のゲートには誰もいない。ノーチェックでフランスに入った。何故ジュネーブで給油したかというと、フランスのガソリン代はびっくりする程高いのだ。1リットル当たり220円前後する。スイスでは1リットル当たり160円前後なので60円も安い。日本のガソリン代を調べたら、1リットル当たり130円前後らしい。日本のガソリン代は安い!それにしてもフランスのガソリン代はめちゃくちゃだ。なんでこんなに高いのだろう。

 フランスに入り、ユラ山脈を越えると、リヨンが迫ってくる。フランス第2の都市だ。今回は立ち寄らず素通り。しかし、リヨンは南にコート・デュ・ローヌ、北にブルゴーニュ、西にロワール、東にユラとサヴォワを抱えるワインの十字路だ。これだけワインに囲まれれば、食べ物もうまい。リヨンはフランスきってのグルメの町なのだ。

 リヨンを過ぎ、いよいよコート・デュ・ローヌに入る。まず始めに出会ったのが、コート・ロティという地区。大変素晴らしいワインを生産する地区として知られている。ただ、生産量が限られているので、なかなかお目にかかれないワインでもある。コート・ロティの斜面は険しく、また美しくもある。コート・ロティの中心地アンピュイ村の背後に迫るブドウ畑の斜面は小川を挟んで南北に区切られている。北側がコート・ブリュヌ(黒髪の丘)、南側がコート・ブロンド(金髪の丘)と呼ばれている。黒髪の方が少し重たいワインになると言われている。金髪もいいよ、金髪も(笑)。

 このコート・ロティには昔から知られている有名な醸造家がいて、ワイン好きはそこに寄ってみなければ、コート・ロティに来たとはいえない。その名はマルセル・ギガル。現在はコート・ロティ一番のワイナリー、シャトー・ダンピュイ(Chateau D'Anpuis)を所有している。わくわくしながらシャトーを訪れたのだが、夏休みで閉まっていた。がっかりだった。

 気を取り直して次のワイン地区、コンドリウに向かう。コート・ロティが赤ワインの地区で、コンドリウは白ワインの地区。このコンドリウの外れに、シャトー・グリエ(Chaeteau Grillet)というクリュがある。単一の畑がAOCになっており、その広さわずか3.4ヘクタール。一家族(カネ家)の所有となっている。AOCとしても極めて小さい。年間に作られるワインは830ケースくらい。全て白。当然入手困難で、運良く入手してもその良さを味わうには10年くらいは寝かさなくてはいけない。持っていても飲めない幻のワインとなる。因みに、1981年と1989年ものが最良の状態らしい。飲んでみたいものだ。

 コンドリウを南下すると、サン・ジョゼフという地区に入る。ここは赤、白両方のワインを生産している。ちょうどコート・ロティとエルミタージュに挟まれる地区で、両者の名声に押されている。しかし、サン・ジョゼフもがんばっており、値段もお手頃なので掘り出し物狙いなら、サン・ジョゼフがいい。

 サン・ジョゼフを過ぎると、素晴らしい城と蒸気機関車で知られるトゥルノンに到着する。この町のローヌ川を挟んで対岸がタン・レルミタージュの町で、背後の丘には現存するフランスで最も古いぶどう畑の一つ、エルミタージュが広がっている。

 エルミタージュは「行者庵」という意味。世捨て人の隠れ家といったところ。なんでも、ギャスパール・ド・ステランベールという中世の騎士が、世を捨てて荒野に住む決心をして、ここにエルミタージュを建てたのが、この地名の由来。この人が手に持つ剣を鋤に代えて、丘を一面のブドウ畑に変えたのだそうだ。

 エルミタージュは3つの地区に区分けされていて、東からレ・ミューレ(白ワイン)、グレフュー、レ・ベサール(ともに赤ワイン)と続いている。エルミタージュの北側には、クローズ・エルミタージュという地域があり、エルミタージュには及ばないが素晴らしい品質のワインを生産している。今回私はカーヴ・ド・タン・レルミタージュで試飲させてもらって、クローズ・エルミタージュを買った。

 この地域のぶどうは赤ワイン用がシラーという品種。北部コート・デュ・ローヌの代表的な品種。ペルシャから伝わったのだそうで、今のイランのシラーズという町の名前がブドウ品種名になった。白ワイン用がマルサンヌとルーサンヌ。これらのブドウ品種はスイスのヴァリス州まで伝えられている。ローヌ川流域の主要ブドウ品種だ。

 エルミタージュで有名なワイナリーを三つあげると、ドメーム・ジャン・ルイ・ジャーヴ(Domaine Jean-Louis Chave)。卓越した醸造家で知られている。シャプティエ(Chapoutier)、エルミタージュ白の逸品、シャンテ・アルーエット(Chante-Alouette)を持っている。最後がポール・ジャブレ・エネ(Paul Jaboulet Aine)で、エルミタージュのリーダー格。このドメーヌはコルナ(Cornas)のものでも反響を呼んでおり、エルミタージュに止まらず、北部ローヌの全てのクリュのワインを産し、その存在感を示している。

 エルミタージュを見た後、ちょっと北上してオートリーヴという小さな村に行った。この村にはシュヴァルの理想宮という風変わりなモニュメントがある。何となくアンコールワットをイメージさせる宮殿なのだ。何でも地元の郵便配達人であったシュヴァルさんが33年もかけて作り上げたのだそうで、彼は生きていた時変人扱いされていた。ところが、彼の死後何十年か経って文化財として認められたのだそうだ。オートヴィール、何にもない田舎なんだけど、彼のおかげで一大観光スポットになってしまった。シュヴァル様々といったところ。因みに、理想宮の一角にスイスシャレーというのもあったのだが、全然似ていなかった。小さな神殿みたいで、結構笑える代物だった。

 北部コート・デュ・ローヌ地区はタン・レルミタージュの隣町、ヴァランスで終わる。その最南端のクリュは、コルナとサン・ペレといいい、ヴァランスの町とローヌ川を挟んで反対側に広がっている。評価に値するドメーヌも結構あるのだが、今回は時間も押していたので素通りした。

 オランジュというプロヴァンスの玄関の町に着いた時には午後8時を過ぎていた。ワインではオランジュの北隣、ボレーヌから法王のバビロン捕囚で歴史的に知られるアヴィニョンまでの間が南部コート・デュ・ローヌ地区になる。やっと泊まれる部屋を見つけた時には9時になっていた。質素な夕食を済ませ、一日を終える。