紀行文

8月3日(金)

 この三つ星ホテルはくせ者であった。朝、チェックアウトしようとしたらフロントに人がいない。朝8時である。早起き生活が定着しているスイスでは、朝8時にチェックアウト出来ないホテルなど存在しない。ところがここはプロヴァンス。よく見ると、朝8時なのに、私ら以外にチェックアウトしようとする客もいない。ようやく現れた従業員には、「チェックアウトは9時まで待て」とか涼しい顔で言われるし、すったもんだの末、8時半にやっとこさチェックアウト出来た。

 やっとこさサント・マリーを抜け、アルルに向かう。広大なカマルグ湿原を縦断するドライブだ。カマルグ湿原はアルルの南から始まるローヌ川河口域の低湿地帯で、野生のフラミンゴなどが生息する。また、白馬の産地としても知られている。何故白馬なのか意味がわからないが、とにかく、確かに白馬は多かった。

 ローヌ川はアルルの北で、二手に分かれる。一つは、プティ・ローヌといい、サント・マリーの西側で地中海に達する。もう一つが本流で、グラン・ローヌといい、ポート・サン・ルイ・デュ・ローヌという町の南で地中海に達する。カマルグ湿原はこの二つのローヌ川の織りなす湿原地帯でもある。因みに、ローヌ川はフランスの大河では一番の急流なのだそうだ。エルミタージュ辺りのローヌ川では、結構淀んでいた感じなのだが、それでも急流なのだそうだ。

 アルル、ここもローマの文化遺産の色濃いところ。また、画家ゴッホが愛した町としても知られている。因みに、アルルにはゴッホの絵は1枚も残されていない。ゴッホが愛した風景が残されているだけ。アルルにも古代劇場や円形闘技場がある。古代劇場の方は、本当に柱がぽつんと残されているのみ、おい、これで入場料を取るのかよ!という感じ。ここの円形闘技場では闘牛が催される。流石ラングドック、スペインの臭いも漂わせる。因みに、マタドールが牛をかわすとき、アルルの人は「オーレ」というらしい。これはスペイン語のはずだから、フランス人にしてはしおらしい。

 アルルからグラン・ローヌの河口に向かった。ローヌ川最下流の町、ポート・サン・ルイ・デュ・ローヌのツーリスト・オフィスでローヌ河口への行き方を教えてもらい、車を走らせる。しかし、車で行けるのは途中までで、あとは徒歩になった。ローヌ川の源流、スイスのローヌ氷河をこの目で見ている私は、ここまで来てローヌ河口を見ずにはいられない。黙々と歩く。そしてついに目の前に現れたローヌ河口。流石大河、広々としていた。多分河口は1キロ以上の広さがあると思う。

 ローヌ川、全長812キロ、フランスで2番目に長い川。因みに一番はロワール川で全長1020キロ。ついでに調べたら、ヨーロッパで一番長いのが、ロシアのヴォルガ川で全長3690キロ。長い。日本最長が信濃川の367キロで、その10倍長い。

 それはともかく、あのローヌ氷河から下る雪解け水は、はるばる812キロの旅をして、こうして地中海に達するのかと思うと感慨深い。ローヌ川はスイスでヴァリスワイン、ヴォーワイン、ジュネーブワインと育み、フランスに入っては、名だたるコート・デュ・ローヌワイン、コート・ド・プロヴァンスワイン、ラングドックワインを育み、地中海に流れ込む。反対に、それらのワインを造るぶどうはローヌ川を遡ってもたらされた。

 ここで、ミディに別れを告げ、プロヴァンスワインに出会うべくマルセイユを目指した。リヨンに次ぐフランス第三位の都市だ。またの名をフランス第2の商業都市とか。とにかく、ベストスリーだ。ただし、マルセイユではワインは造られない。ここでは、ご自慢のブイヤベースと一緒にプロヴァンスワインを楽しむだけ。

 マルセイユから東のイタリア国境までの海岸線はコート・ダジュールと言われる。そこは古くからヨーロッパ貴族の集まるリゾート地だ。映画ファンでなくても一度は耳にした事のある町、カンヌや超高級リゾート地、ニースなどがひしめき合っている。また、マルセイユからイタリアのジェノヴァまでの海岸線をリヴィエラともいう。こちらはイタリア語源らしい。どちらにしても、リゾート地としての臭いがぷんぷんする地域名だ。

 マルセイユはその西端にあたるのだが、その名を冠するだけあって、流石に美しい。港から見上げるバジリカなどほれぼれする程。また、マルセイユの東外れから眺めるイフ島の眺望なども素晴らしい。海はコバルトブルー、そしてそこに浮かぶ、穏やかな白やクリーム色をした島々。いつまでも眺めていたい気分にさせてくれる。

 因みに、夢を壊すようだが、マルセイユは危ない町としても知られている。盗難にはくれぐれも注意した方がいい。プロヴァンスやコート・ダジュールは金持ちのリゾート地という側面もあるので、金持ち狙いの盗難も多い。私が金持ちに見えるかどうかは大いに疑問だけれども、一応用心のため、全ての荷物はトランクに詰め込み、金目のものを車外から見えないようにし、盗難を誘発させないように気を配っていた。金目のものがそもそもないのだが、窓ガラスを割られたりするのは困る。

 プロヴァンスのワインは、マルセイユの北にある、パレットのもの、マルセイユの西隣のカシス、それに続くバンドールのものが高く評価されている。それと離れ小島の様に存在するニースのベレ。ここには優れたドメーヌがひしめき合っている。

 パレットは今回寄らず、海岸線を伝ってマルセイユの西隣、カシスに行った。因みにカシスというが、リキュールのカシスとは縁もゆかりもない。漁師町で、ワインより新鮮な魚介類の方がこの町の関心を引いている。また、カシスを守っているかの様なカナイユ岬の巨岩の眺望が素晴らしい。ブドウ畑もこの巨岩に守られ、少し奥まった所に港を見下ろすような形で広がっている。プロヴァンスの多くはロゼだが、ここでは白と赤も造る。

 そのお隣、実は本日のメインイヴェント、バンドール。ここではロゼと赤を造っている。注目は赤の方。南フランス独特のムールヴェードルを主要品種に用い、地区をあげてブルボディタイプの赤ワイン造りに力を入れている。タンニンをしっかり含むムールヴェードルを知るにはバンドールを訪れるしか手はない。このワインは買ってすぐ飲めない。少なくても5〜6年の熟成が必要なワインだ。当然10年以上の熟成に耐えられる。

 ここで試飲したドメーヌものは、
・ドメーヌ・ド・ラ・トゥール・デュ・ボン
 (Domaine de la Tour du Bon)2004
・シャトー・ヴァニエール
 (Chateau Vannieres)2004
・ドメーヌ・ラフラン・ヴェイロール
 (Domaine Lafran-Veyrolles)2004
・ドメーヌ・デュ・グロ・ノール
 (domaine du Grosユ Nore)2004

どれも素晴らしい。バンドールの観光案内所が勧めた酒屋、メゾン・デ・ヴァン・デュ・バンドールというお店で、赤のいいものにこだわる私に気さくなご主人が応じてくれた。

 購入したのはドメーヌ・ド・ラ・トゥール・デュ・ボン(Domaine de la Tour du Bon)2004、これがスタンダードという感じがした。それとドメーヌ・ラフラン・ヴェイロール(Domaine Lafran-Veyrolles)2004、こちらはムールヴェードルの割合が約9割と高く、さらに深いタイプ。買ったのはいいが、これもあと3〜4年は寝かさなければいけない。

この他にバンドールの高い評価を受けているドメーヌは
・シャトー・ド・ピバルノン Chateau de Pibarnon
・シャトー・プラドー Chateau Pradeaux
・シャトー・ラ・ルヴィエール Chateau la Rouviere
・ドメーヌ・タンピエ Domeine Tempier
・ドメーヌ・ド・ヴァル・ダラン Domaine de Val dユArenc

などがある。タンピエやヴァル・ダランは古くから名の通っているドメーヌ。

ヴァンドールを過ぎると評価の高いクリュはニースまでない。そこで、上質なプロヴァンスワインを産する東端のサン・ラファエルまで行って、ここで泊まろうと考えた。また、それより東へ進むと、カンヌに達し、安宿も探しにくいだろうと思ったのだ。ところが、サン・ラファエルも結構なリゾート地だった。市内に宿を探したがどこも一杯。仕方なく車を東に走らせ、サン・ラファエルからちょっと外れたドラモンという所でかろうじて宿をゲットした。この宿は二人で46ユーロと安かったのはいいが、狭くとても蒸し暑かった。シャンプーも置いて無く、昨日の宿とは大違い。行き当たりばったりの宿探しでは当たり外れが激しい。