シュノンソー城。歴史的にも興味深い場所。イタリアメディチ家より嫁いで来た カトリーヌ妃が夫なき後、幼い子供たちを王位に就かせ自分が摂政としてフランス 政治をここで動かした。実は、夫アンリ2世とは不仲だったらしく、この城は アンリ2世が愛妾に与えた城で、アンリ2世の死後、カトリーヌ妃が取り上げた といういわくつき。女の恨みは恐ろしい。カトリーヌはフランスでは評判が 悪いらしい。自分の子の摂政として独裁的に振る舞い、毎晩祝宴を開いたとか 支配欲の強い派手好きの女性だった様だ。しかし、イタリア・メディチ家から あか抜けた文化をフランスにもたらした第一人者であり、フランス・グルメの 源流ともいえる。時代が下って、ハプスブルグ家のマリー・アントワネットが ベルサイユで放蕩の生活を続けたが、よそ者として来た彼女たちはそうせざるを 得ない何某かの寂しさがあった様にも思える |